誰かと話している途中で、突然、周囲の音が遠く感じられることがあります。相手の言葉は聞こえているのに、自分がその場で話しているという実感が薄れ、会話の内容をうまく受け取れなくなる。
鏡に映った顔が、見慣れているはずなのに自分のもののように感じられない。いつも歩いている街なのに、景色が作り物のように見える。昨日の出来事を思い出そうとしても、一部の時間だけが曖昧になっている。
こうした体験には、解離と呼ばれる現象が関係している場合があります。
解離とは、普段はまとまって働いている意識、記憶、感情、身体感覚、自己認識などに、一時的あるいは持続的な隔たりが生じることです。
解離の現れ方は一様ではありません。自分の身体が遠く感じられる人もいれば、周囲の世界の現実感が薄れる人もいます。強いストレスの場面で記憶がつながりにくくなったり、日常生活の一部について思い出しにくくなったりする場合もあります。
ただし、これらに似た症状は、睡眠不足、薬剤、飲酒、神経学的な疾患などでも起こります。
解離という言葉だけで説明を終えるのではなく、その人がどのような体験をしており、現在の生活に何が起きているのかを丁寧に理解することが大切です。
自分が自分ではないように感じる離人感
自分の声を聞いているのに、誰か別の人が話しているように感じられることがあります。
家族と食事をしていても、どこか離れた場所から自分たちの様子を眺めているように感じる。笑っていることは分かっていても、その笑いが自分自身の感情として十分に届いてこない。
こうした経験を離人感と呼びます。
本人は、身体が動いていることも、周囲の人が話していることも理解しています。しかし、その出来事を自分自身が経験しているという実感が薄くなるのです。
心理学者エミリー・ホームズらは、解離を整理するうえで、自己や周囲とのつながりが遠くなる離隔と、記憶や行動などの働きが通常どおり統合されにくくなる区画化を区別しました。
離人感は、離隔の側面から理解される代表的な体験の一つです。
離人感が続くと、自分が本当にここにいるのかという不安が強まる場合があります。
そのため、自分の手を何度も見たり、鏡で表情を確かめたり、身体の感覚を繰り返し確認したりすることがあります。
しかし、確認するほど感覚の違和感へ注意が集中し、かえって不安が増す場合もあります。
離人感そのものと、それが続くことへの恐怖を区別して理解することが重要です。
世界が遠のく現実感の喪失
いつも歩いている商店街なのに、初めて訪れた場所のように感じる。建物や道路は見えているのに、風景全体が薄い膜の向こう側にあるように思える。
人の声が録音のように聞こえ、周囲の出来事が映画の場面のように感じられる場合もあります。
こうした体験を現実感喪失と呼びます。
離人感が自分自身に対する実感の変化であるのに対して、現実感喪失では、周囲の世界の感じ方に変化が現れます。
本人は、目の前の世界が実際に作り物へ変化したとは考えていない場合が多く、その感覚の異常さに戸惑います。
景色は見えているのに現実らしく感じられない。音は聞こえるのに、自分がその場へ参加している感覚が乏しい。
そのような状態が続くと、外出することや人と会うことが負担になる場合があります。
研究者マウリシオ・シエラらは、離人感や現実感喪失の理解において、情動反応や身体感覚、自己認識の働きに注目しました。
ただし、現実感が薄れる原因を一つの神経機構だけで説明することはできません。
症状が強く続く場合には、解離性障害の症状と日常生活への影響について専門的な評価を受けることが重要です。
時間が飛ぶ、記憶がつながりにくい
朝、出勤したことは覚えているのに、午前中の会議で何を話したのか思い出せない。
家族から昨日の出来事を聞かされても、その場面の記憶が曖昧になっている。自分が書いたメッセージの内容を見て、なぜそう書いたのか分からなくなる場合があります。
このような記憶の問題には、解離性健忘が関係している可能性があります。
解離性健忘では、通常の物忘れでは説明しにくい、自伝的な記憶の想起困難が生じることがあります。
ただし、記憶の空白があることだけで解離性健忘とは判断できません。
睡眠不足や強い疲労、薬剤、飲酒、てんかんなどによっても記憶の問題が生じる場合があります。
また、強いストレスがかかっているときには、出来事へ十分に注意を向けられず、あとから細部を思い出しにくくなることもあります。
重要なのは、どのような記憶が失われ、どの程度の時間にわたっているのか、その前後にどのような症状があったのかを確認することです。
繰り返す記憶の空白によって仕事や生活に支障がある場合には、解離性健忘の症状と記憶の問題を参考にしながら、医療機関へ相談することが大切です。
感情が急に変わるとき、心の中で起きていること
穏やかに話していたはずなのに、相手の一言をきっかけに強い怒りが湧き上がる。
少し時間が経つと、その怒りが自分自身のものとは思えなくなり、なぜあれほど動揺したのか分からなくなることがあります。
強い恐怖や悲しみが生じたあと、突然何も感じなくなる場合もあります。
このような変化には、感情の調整、注意、記憶、自己感覚など、さまざまな働きが関係している可能性があります。
しかし、感情が急に変わること自体は解離に特有の現象ではありません。
ストレスや睡眠不足、気分の問題などでも感情は変化します。
解離を検討する際には、感情の変化とともに、自分自身の感覚や意識、記憶の状態が変わっているかを理解することが重要です。
また、感情が急に変わることを責められ続けてきた場合、本人がその変化を話すこと自体に不安を感じている場合もあります。
自分の経験を説明するときには、感情が変わったことだけでなく、その前に何が起き、どのような状態になったのかを、できる範囲で整理することが役立ちます。
心の傷は身体の感覚としても現れる
強い緊張を感じたとき、胸の奥が冷たくなるように感じたり、喉が詰まって声を出しにくくなったりすることがあります。
手足の感覚が薄れ、自分の身体が遠くにあるように感じられる場合もあります。
このような身体感覚の変化には、解離が関係する可能性がありますが、身体疾患や神経学的な問題も考える必要があります。
特に、突然のしびれや筋力低下、意識の変化などが現れた場合には、心理的な反応と決めつけず、医学的な評価を受けることが重要です。
一方、検査で重大な異常が見つからない場合でも、本人が感じている苦痛がなくなるわけではありません。
身体の違和感によって生活が制限されることや、その症状がいつ再び起こるのか分からない不安も、丁寧に理解する必要があります。
凍結反応と重なると、身体は動きにくくなる
人から突然強い言葉を向けられたとき、何も言い返せず、頭が真っ白になることがあります。
相手が去ったあとになって、あのとき何を言いたかったのかが分かる。しかし、その場では考えることも身体を動かすことも難しかった。
強い恐怖を伴う状況では、そのような反応が生じる場合があります。
ただし、心理的な凍結反応と解離は、重なり合うことがあっても同じ概念ではありません。
身体の動きにくさには、強い不安、意識の変化、機能性神経症状など、異なる仕組みが関係する場合があります。
そのため、身体が動かなくなったという体験を一つの説明に当てはめるのではなく、その場で何が起きていたのかを具体的に理解することが大切です。
また、過去に逃げられなかった経験がある場合には、現在の似た場面でも行動の選択肢が見えなくなることがあります。
そのような反応を理解する際には、現在の状況で何が可能だったのか、本人がどのような危険を感じていたのかを考える必要があります。
人といるときほど、自分の感覚が遠のくことがある
人と会っている間、自分が何を感じているのか分からなくなることがあります。
相手の表情を見ながら返事を考え、適切に笑い、会話が途切れないように言葉を選ぶ。
その時間が終わると、自分は本当は楽しかったのだろうかと考える場合があります。
他者へ応じることに多くの注意を使っていると、自分の感情や希望を確かめる余裕が少なくなることがあります。
しかし、そのような対人疲労と解離性障害は区別する必要があります。
現在の生活でどのような関係が負担になっているのか、どのようなときに自己感覚が変化するのかを確認することが重要です。
解離から回復するために大切なこと
解離が強いときには、無理に過去の出来事を思い出したり、身体の感覚へ注意を集中させたりすることで、かえって苦痛が強まる場合があります。
そのため、まず現在の生活で症状がどの程度起きているのかを理解し、安全を確保することが重要です。
記憶の空白がある場合には、予定や出来事を簡単に記録することが役立つ場合があります。
自分がどこにいるのか分からなくなったときには、日付や現在の予定を確認するなど、日常の情報を手がかりにする方法もあります。
ただし、こうした対応がすべての人に合うわけではありません。
身体感覚へ注意を向けることで苦痛が増す場合には、その方法を続ける必要はありません。症状の特徴に合わせて調整していくことが大切です。
また、解離症状の背景にトラウマが関係している場合でも、すぐに過去の記憶を扱うことが適切とは限りません。
現在の生活の安定、睡眠、対人関係の負担、症状の程度などを考慮しながら、必要な支援を検討します。
感情や身体感覚が遠くなる心理についても、解離のさまざまな現れ方を理解する手がかりになります。
専門家と一緒に整理したいサイン
解離的な体験が一時的に生じることと、その症状によって生活が大きく制限されることは異なります。
記憶の空白が繰り返される。自分の行動について説明できない時間がある。周囲の現実感が失われ、仕事や生活を続けることが難しくなる。
そのような場合には、精神科などで現在の症状について相談することが大切です。
また、突然の意識障害や麻痺、けいれんなどが起きた場合には、速やかな医学的評価が必要です。
解離の症状は、その人がどのような経験をしているかによって、必要な理解や支援が異なります。
自分の状態を無理に一つの名称へ当てはめるより、何に困り、どのようなときに症状が強まり、どんな支援が必要なのかを丁寧に整理していくことが重要です。
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参考文献
- Holmes, E. A., et al. (2005). Are there two qualitatively distinct forms of dissociation? A review and some clinical implications. Clinical Psychology Review, 25(1), 1–23.
- Sierra, M., & Berrios, G. E. (1998). Depersonalization: Neurobiological perspectives. Biological Psychiatry, 44(9), 898–908.
- Spiegel, D., et al. (2013). Dissociative disorders in DSM-5. Annual Review of Clinical Psychology, 9, 299–326.
- Staniloiu, A., & Markowitsch, H. J. (2014). Dissociative amnesia. The Lancet Psychiatry, 1(3), 226–241.




トラウマ、解離、愛着の傷、複雑性PTSDなど、心身に残った防衛反応を丁寧に見ていきます。話すことだけに頼らず、身体の反応や安心の感覚も大切にしながら、回復の土台を整えていきます。
過緊張や生きづらさを、育った環境や親子関係のなかで身についた生存反応という視点から見つめ、身体と神経系から安心を取り戻していくための22のレッスンをまとめています。