かくれトラウマとは、はっきりした傷として語られないまま、今の生き方に影響を残している心身の反応のことです。
「虐待を受けた」「大きな事件に巻き込まれた」といった出来事だけが、トラウマになるわけではありません。
いつも親の顔色を見ていた。
家の空気が重かった。
怒らせないように先回りしていた。
本音を言うと面倒なことになるから、黙るしかなかった。
さびしい、怖い、助けてほしいという気持ちを、誰にも受け止めてもらえなかった。
そうした時間が続くと、子どもは自分の感覚よりも、周りの空気を読むことを優先するようになります。
何を言えば怒られないか。
どう振る舞えば見捨てられないか。
どこまで我慢すれば、その場を壊さずにすむか。
そのようにして身についた反応は、当時の自分を守るために必要だったものです。
けれど大人になっても、その反応が自動的に働き続けると、生きづらさとして現れてきます。
人といるだけで疲れる。
相手の機嫌が悪いと、自分のせいのように感じる。
断りたいのに断れない。
休んでいるのに、身体の奥が休まらない。
優しくされても、どこかで身構えてしまう。
自分が何を感じているのか、分からなくなる。
かくれトラウマの難しさは、本人がそれを「傷」として認識しにくいところにあります。
もっと大変な人がいる。
自分の考えすぎかもしれない。
親にも事情があった。
これくらいで傷ついたと言ってはいけない。
そうやって、自分の苦しさを何度も小さくしてきた人ほど、心と身体に残った反応を「自分の性格」だと思い込みやすくなります。
けれど、過剰に気をつかうことも、すぐに謝ることも、感情を止めることも、距離を取りすぎることも、もともとの性格だけで説明できるものではありません。
それは、傷つかないために身につけた構えかもしれません。
生き延びるために覚えた方法かもしれません。
安心できない場所で、自分を守るために必要だった反応かもしれません。
かくれトラウマを知ることは、過去を責めるためではありません。
自分を責め続けてきた見方を、少し変えるためです。
「なぜ自分はこうなのか」と責めるかわりに、
「この反応は、どんな環境の中で必要になったのか」と見ていく。
その視点が生まれると、自分の生きづらさは少し違って見えてきます。
今まで邪魔だと思っていた反応の中に、かつての自分を守ろうとした力があったことに気づく。
そして、その守り方が今の自分には少し苦しくなっていることにも気づく。
そこから、回復は始まります。
かくれトラウマとは、見えない傷の名前であると同時に、これまでの自分を読み解くための言葉でもあります。
自分は何を怖がってきたのか。
何を我慢してきたのか。
どんなふうに人に合わせてきたのか。
どこで、自分の感覚を置き去りにしてきたのか。
その問いを通して、自分の輪郭を少しずつ取り戻していく。
それが、かくれトラウマを理解するということです。

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