セーフティメーカー|日常の中に安心をひとつ作るワーク

セーフティメーカー

仕事から帰ってきて、ようやく一人になれたはずなのに、身体の緊張が抜けない。ソファに座っても落ち着かず、テレビをつけても内容が頭に入ってこない。

誰かから連絡が来ると、返信しなければならないような気持ちになり、相手の機嫌や反応が気になってしまう。

疲れていることは分かっているのに、休もうとすると別のことが気になり始める。静かな時間が訪れると、かえって不安が強くなる場合もあります。

こうした状態が続くと、休息の時間まで緊張に占められ、心身を回復させることが難しくなっていきます。

セーフティメーカーは、日常生活の中で少し安心しやすいものを見つけ、その感覚に短い時間だけ注意を向けるワークです。

大きな安心を作ろうとするより、今の自分が比較的落ち着いていられる条件を見つけることを大切にします。

安心は、身体の感覚から育っていく

子どもの頃から周囲の機嫌を読み続けてきた人は、自分が落ち着いて過ごせる条件を考える機会が少なかったかもしれません。

家の中にいても、親の足音や扉の音が気になり、誰かが不機嫌になると自分の行動を変える必要があった。

そうした生活が長く続くと、自分がどのような時間を心地よく感じるのか、何をしていると気持ちが休まるのかが分かりにくくなることがあります。

大人になってからも、周囲に問題が起きていないかを確認することが優先され、自分の疲れや希望は後回しになってしまう。

そんなときには、日常の中にある小さな感覚を手がかりに、自分が少し楽に過ごせる条件を探していきます。

例えば、朝に飲む温かいお茶の香りや、窓から入ってくる光、座り慣れた椅子の感触などです。

安心できるものは、人によって異なります。静かな場所が落ち着く人もいれば、適度に人の気配がある場所のほうが安心できる人もいます。

何もしないと不安になる理由|機能不全家庭と慢性的過覚醒では、休息に伴う不安について詳しく解説しています。

日常の中に、安心の目印を作る

セーフティメーカーでは、まず自分が比較的落ち着きやすいものを一つ選びます。

特別な道具を用意する必要はありません。

普段の生活の中で、少し気持ちが緩むものや、触れていて心地よいものを探します。

例えば、次のようなものが考えられます。

  • 温かい飲み物を入れたマグカップ
  • 肌触りのよいタオルや毛布
  • 窓から見える木や空の景色
  • 好きな音楽の一部分
  • 落ち着きやすい椅子やクッション
  • 安心できる人との会話や、その人の声

どれを選んでもかまいません。

ただし、以前は安心できたものでも、その日の体調や気分によって負担になる場合があります。

香りに敏感な人は、好きな香りでも強く感じられることがあります。身体に触れるものが苦手な場合には、景色を見るなど、別の方法を選ぶこともできます。

大切なのは、一般的にリラックス効果があるとされるものを使うことより、自分の感覚に合っているかを確かめることです。

安心を、頭ではなく身体で受け取る

安心の目印を一つ選んだら、そのものを短い時間だけ見たり、触れたり、聞いたりします。

例えば、温かい飲み物を手に持ったときには、カップの重さや手のひらに伝わる温度を感じてみます。

そのとき、無理に呼吸を深くしたり、身体の力を抜こうとしたりする必要はありません。

今の感覚が心地よいのか、少し落ち着くのか、それとも特に変化がないのかを確かめます。

身体の変化に注意を向けることがつらい場合には、カップの色や形など、外側にあるものを眺めるだけでもかまいません。

感情調整について研究したジェームズ・グロスは、人が感情を調整する方法として、状況を選ぶことや注意の向け方を変えることなど、複数の働きを整理しています。

セーフティメーカーでも、身体の状態だけを変えようとするのではなく、どのような環境や刺激に注意を向けると負担が少なくなるのかを探していきます。

身体に添える短い言葉

安心しやすいものを見つけたら、その感覚に短い言葉を添えてみることもできます。

例えば、次のような言葉です。

「今は、ここで少し休んでいてもよさそうだ」

「今すぐ何かをしなくても大丈夫かもしれない」

「この時間は、自分のために使ってもいい」

こうした言葉は、無理に自分を納得させるためのものではありません。

長いあいだ他者を優先してきた人は、休むことや自分の希望を大切にすることに罪悪感を覚える場合があります。

そのようなときに、今の自分が置かれている状況を確かめながら、少し違う考え方を試してみるのです。

ただし、実際に危険な環境にいる場合には、言葉によって安心しようとするより、安全な場所へ移動したり、周囲に助けを求めたりすることが優先されます。

30秒だけ、安心に触れる

セーフティメーカーは、長い時間続けることより、負担の少ない範囲で試すことを大切にします。

最初は30秒程度を一つの目安にしてもよいでしょう。

例えば、椅子に座って窓の外を眺める。目に入る木の葉の動きや空の明るさを、しばらく眺めてみます。

そのあと、少し落ち着いた感じがあるか、身体の緊張が強まっていないかを確認します。

何も変わらなければ、それ以上続ける必要はありません。

反対に、不安や動悸が強くなったり、身体の感覚が遠くなったりした場合には、そこで中断します。

身体の反応を細かく観察することがかえって負担になる場合もあるため、外の景色を見るだけにしたり、軽く身体を動かしたりする方法へ切り替えることもできます。

こうした短い練習を通して、自分にとって何が心地よく、何が負担になるのかを知っていきます。

安心できない日にも意味がある

昨日は落ち着けた方法が、今日はあまり役に立たないことがあります。

温かい飲み物を持っていても、身体が緊張したままになる。好きな音楽を聴いても、気持ちが落ち着かない。椅子に座っているだけで、早く何かをしなければならないような焦りが出てくる。

そのようなときには、現在の生活で負担が増えていないかを確かめることも大切です。

仕事が忙しくなっていたり、睡眠不足が続いていたり、人間関係で強いストレスを感じていたりする場合には、短いワークだけで十分に落ち着くことは難しいかもしれません。

クロワトルらは、幼少期の虐待に関連するPTSDの治療において、感情や対人関係の調整スキルを扱うことの有用性を検討しています。

また、リネハンによる弁証法的行動療法(DBT)のスキルトレーニングでも、強い苦痛への対処や感情調整、対人関係のスキルが体系的に扱われています。

こうした研究や臨床技法は、自分の状態に合わせて複数の対処方法を持つことの重要性を考える参考になります。

ただし、セーフティメーカーそのものの有効性が、独立した治療法として検証されているわけではありません。

日常生活の中で使える補助的な方法として、自分に合う範囲で取り入れることが大切です。

過覚醒とは|PTSDで起きる身体の緊張反応では、身体の警戒が強いときの対処についても紹介しています。

安心できる関係を、生活の中に増やしていく

安心の感覚は、一人で行うワークだけで育つものではありません。

人との関係の中で、安心しやすくなることもあります。

急がずに話を聞いてくれる人がいる。意見が違っても、関係がすぐに壊れるわけではない。頼みごとを断ったあとも、相手がこれまでと同じように接してくれる。

そうした経験を通して、自分の希望や限界を伝えることへの不安が少しずつ変わっていく場合があります。

一方で、人との関係そのものが大きな負担になっているときには、一人で過ごす時間や、適度な距離を取ることが必要な場合もあります。

安心を考える際には、誰かと一緒にいることと、一人でいられることの両方を大切にする必要があります。

トラウマ治療の土台となる安全の基盤では、心身の安全と対人関係を含めた回復の考え方について解説しています。

小さな安心が、内側の避難場所になる

長く緊張してきた人にとって、安心できる時間を持つことは簡単ではない場合があります。

休んでいると罪悪感が出てきたり、何もしていないことに焦りを覚えたりすることもあります。

それでも、自分にとって落ち着きやすいものを知っていることは、日常生活の中で大切な手がかりになります。

仕事で疲れたときに、少し外の景色を眺める。誰かと話して緊張したあと、静かな場所で過ごす。自分の身体が疲れていることに気づいたら、予定を調整する。

安心できるものを見つけることは、自分がどのような環境で過ごしたいのかを知ることにもつながっていきます。

そして、必要なときには誰かに相談し、生活上の負担を減らし、専門的な支援を受けることも大切です。

トラウマの治し方・回復のためにできることでは、日常生活の調整と心理的な支援を組み合わせた回復の考え方を紹介しています。

セーフティメーカーは、日々の生活の中に自分が少し落ち着ける場所や時間を見つけるための練習です。

これまで周囲の反応を優先してきた人が、自分の感覚にも注意を向け、必要な休息を選べるようになる。その小さな変化を重ねながら、自分にとって過ごしやすい生活を少しずつ作っていくことが大切です。

参考文献

  1. Najavits, L. M. (2002). Seeking Safety: A Treatment Manual for PTSD and Substance Abuse. Guilford Press.
  2. Gross, J. J. (1998). The emerging field of emotion regulation: An integrative review. Review of General Psychology, 2(3), 271–299. https://doi.org/10.1037/1089-2680.2.3.271
  3. Cloitre, M., Koenen, K. C., Cohen, L. R., & Han, H. (2002). Skills training in affective and interpersonal regulation followed by exposure: A phase-based treatment for PTSD related to childhood abuse. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 70(5), 1067–1074. https://doi.org/10.1037/0022-006X.70.5.1067
  4. Linehan, M. M. (2015). DBT Skills Training Manual (2nd ed.). Guilford Press.

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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