日常をこなしながら、自分の感覚を見失うとき|機能的凍結と、役割の中で遠のいていく心

機能的凍結 トラウマ

朝になれば支度をして仕事へ向かい、目の前の業務を終え、必要な連絡にも返事をする。家に帰れば家事や家族のことにも手を配り、周囲からは落ち着いていて責任感のある人に見えるかもしれません。

けれど本人の中では、日々をどのように過ごしているのか、何に心が動いているのかを、はっきりつかめないまま時間だけが過ぎていくことがあります。

人と話して笑っていても、どこか自分がそこにいないように感じる。休みの日になっても力が抜けず、好きだったことにも心が向かない。生活は続いているのに、自分の感覚だけが遠くに置かれているような状態です。

仕事で褒められても嬉しさが湧かず、友人から誘われても、会いたいのかどうか分からない。何を食べたいかと聞かれても、相手の希望に合わせることが先になり、自分の気持ちを考えるまでに時間がかかることがあります。

こうした状態は、機能的凍結(functional freeze)という表現で説明されることがあります。

これは、仕事や家事、人とのやり取りなど、外側の活動を続けながら、内側では感情や身体感覚とのつながりが弱くなっていく状態を表す言葉です。ただし、機能的凍結は正式な精神医学的診断名ではなく、神経生理学的に定義された単一の病態でもありません。

実際には、慢性的なストレス、感情の抑制、解離、抑うつ、バーンアウトなどが重なっている場合があります。

大切なのは、その人がどれほど日常生活をこなせているかだけでなく、その生活を続けるために何を抑え、どれほどの負担を引き受けているのかを理解することです。

役割を果たすことが先になった日々

安心を得にくい環境で長く過ごした人は、自分の気持ちよりも、その場で求められることや周囲の空気を読むことを優先しやすくなります。

家庭の中で親の機嫌を見ながら過ごしてきた人、失敗や弱さを受け止めてもらう機会が少なかった人、早くから家族の期待に応える役割を担ってきた人にとって、役割を果たすことは生活を保つための大切な力でした。

家の中が慌ただしければ、自分から動く。親が疲れていれば、余計なことを言わずに過ごす。誰かが落ち込んでいれば、そばにいて励ます。

子どもの頃は、そのように振る舞うことで家庭の緊張を減らせていたのかもしれません。

その力は、大人になってからも仕事や人間関係を支えます。

相手の様子を察し、頼まれたことを確実にこなし、必要な場面で人を支える姿勢は、周囲からの信頼にもつながります。責任感があり、急な問題にも冷静に対応できる人として評価されることもあるでしょう。

けれど、その役割を果たすことが当たり前になりすぎると、自分がどのような気持ちで動いているのかを確認する時間がなくなっていきます。

例えば、職場で上司から仕事を頼まれたとき、引き受けたいかどうかを考える前に「分かりました」と答える。家族から用事を頼まれたとき、疲れていることより、相手が困っていることのほうが強く意識される。

その場では自然に動けていても、あとになって、どうして断れなかったのだろうと感じることがあります。

社会学者アーリー・ホックシールドは、仕事や社会的な役割の中で、人が求められる感情を表現し、自分の感情を調整する働きを「感情労働」という視点から考察しました。

接客や対人援助の仕事では、相手に合わせて表情や態度を整えることが求められます。

しかし、感情を調整する習慣は職場だけで生じるものではありません。

家庭の中でいつも聞き役になり、恋人の不安をなだめ、友人から相談されると自分の予定を変えてでも応じる。そのように人間関係のあらゆる場面で役割を担っていると、どこまでが自分の希望で、どこからが相手の期待なのか分かりにくくなっていきます。

子どもの頃から家族を支えてきた人の心理については、ヤングケアラーだった人の特徴と生きづらさ|家族を支えた子どもが大人になって抱えるものでも詳しく扱っています。

感情を抑えていることに、自分でも気づかなくなる

周囲に合わせて行動している人は、自分が感情を抑えていると自覚しているとは限りません。

例えば、職場で理不尽な要求をされたとき、本当は嫌だと感じていても、自然に笑顔を作って対応することがあります。

相手が怒っているときには、こちらも不満を伝えたい気持ちがあっても、まず相手を落ち着かせようとする。納得できないことがあっても、その場では問題なく仕事を続けられるため、自分がどれほど無理をしていたのか分からなくなってしまいます。

心理学者アリシア・グランディは、職場における感情労働を、感情調整の観点から整理しました。

人が求められる表情を作ったり、自分の感情を調整したりすることには、さまざまな心理的な働きが関係しています。

一方、マウス、ブンゲ、グロスらは、感情調整には本人が意識して行うものだけでなく、自動的に生じるものもあることを論じています。

こうした視点から考えると、対人場面で自然に笑顔を作ったり、怒りを感じる前に謝ったりする反応にも、これまで繰り返してきた感情調整の習慣が関わっている可能性があります。

例えば、親が怒るとすぐに謝っていた子どもが、大人になってからも、相手の表情が曇った瞬間に「すみません」と口にしてしまうことがあります。

相手が実際に怒っているかどうかを確かめる前に、身体が先に関係を整えようとするのです。

こうした習慣が続くと、悲しみや怒り、疲れや寂しさが浮かんでも、十分に自覚する前に次の役割へ向かうようになります。

外側では問題なく行動できるのに、内側では自分が何を感じているのか分からなくなっていく。その隔たりが大きくなると、自分の生活を自分で生きているという実感が薄れてしまうことがあります。

疲れていても、休息へ入りにくい

休みの日になっても、身体の緊張がほどけず、予定が空くと落ち着かないことがあります。

仕事が休みなのに、朝から掃除や洗濯を始め、家族の用事を済ませ、買い物へ出かける。ようやく時間が空いても、何かしていなければならないような焦りが残り、次にできることを探し始めます。

疲れていることは分かっていても、休んでいる時間を無駄にしているように感じる場合があります。

また、横になっていても仕事のことが頭から離れず、翌日の予定や人間関係の問題を考え続けることもあります。

仕事中には集中しているため疲れを感じにくくても、家に帰ると急に身体が重くなり、何もする気が起きなくなる。

そのまま夜になり、十分に休めた実感のないまま次の朝を迎えることがあります。

心理学者のサビーネ・ゾンネンタークとシャルロッテ・フリッツは、仕事からの回復経験を研究し、心理的な距離を取ること、リラックスすること、仕事以外の活動を通じた充実感、自分の時間を自分で決められる感覚などを整理しました。

この研究が示す重要な視点の一つは、仕事をしていない時間があることと、心理的に仕事から離れられていることが異なるという点です。

例えば、休日に家で過ごしていても、上司からの連絡を何度も確認し、職場の問題を考え続けていれば、心理的な休息を得にくくなります。

家庭でも同じようなことが起こります。

家族の機嫌を整え、予定を管理し、誰かの困りごとに対応する役割が続いていると、身体は家にいても休息へ切り替わりにくくなります。

このような疲労を理解する際には、自分の内側にどのような緊張が残っているかだけでなく、現在どれほど多くの責任を担っているかを見る必要があります。

感覚が遠のくまでの経緯

感情が薄くなったように感じるとき、人は自分を冷たい人間だと責めたり、人生への関心まで失われたように思ったりすることがあります。

以前は楽しかった旅行に行っても、景色を見ているだけで気持ちが動かない。家族から嬉しい知らせを聞いても、何と返事をすればよいかは分かるのに、喜びが胸に広がらない。

好きだった音楽をかけても、途中で聴くのをやめてしまう。休日に何がしたいか考えても、何も思い浮かばないことがあります。

そこに至るまでには、長い時間をかけて身についた習慣が関係している場合があります。

例えば、子どもの頃、自分の好きなことを話すと親から否定される経験が続いていたとします。

何かをしたいと言うたびに反対され、希望を伝えることが面倒なやり取りにつながるのであれば、次第に自分の希望を考える時間が減っていくことがあります。

大人になってからも、誰かに「何がしたい?」と聞かれると、相手が望む答えを探してしまう。

自分の欲求を確認することが習慣になっていないため、答えるまでに時間がかかるのです。

また、強いストレスが続いている場合には、現実感や身体感覚が遠のく解離的な症状が現れることもあります。

周囲の景色に薄い膜がかかったように感じたり、人と話していても自分だけが少し離れた場所にいるように感じたりする場合です。

ただし、解離、抑うつに伴う快感消失、慢性的な疲労は異なる現象であり、実際の症状に応じて評価することが大切です。

現実感が遠くなる体験については、現実感がない・世界が遠く感じる理由|解離・離人感・現実感喪失の心理で詳しく解説しています。

役割を降ろすことへの罪悪感

長いあいだ誰かを支えてきた人は、自分の負担を減らそうとすると、強い罪悪感が生じる場合があります。

仕事を断れば同僚が困る。家事を任せれば家族に負担がかかる。友人からの相談を断れば、相手が一人で苦しむことになる。

そう考えると、自分が疲れていることより、相手が困る可能性のほうを重く感じてしまいます。

また、誰かの役に立っているときには自分の存在を確かめられるのに、何もしていないと居場所がなくなるように感じることもあります。

この場合、休息が難しい背景には、単なる忙しさだけでなく、役割を果たすことと自己評価が強く結びついている問題があります。

臨床では、休むことへの罪悪感がどこから来ているのかを丁寧に整理する必要があります。

例えば、仕事を一つ断ったときに、実際には同僚が対応できたにもかかわらず、本人は長い時間申し訳なさを感じ続けることがあります。

そのとき、「仕事を断った事実」と「自分が悪いことをしたように感じていること」を分けて考えると、自分に課してきた責任の大きさが見えやすくなります。

周囲の役に立つことは、その人の大切な価値観かもしれません。けれど、自分の疲れを犠牲にし続けることが唯一の方法になっている場合には、役割の持ち方を見直す必要があります。

自分の内側へ戻るために

自分の感覚が遠くなっているときには、突然大きな変化を起こそうとするより、今の生活で何が起きているのかを整理することが役立ちます。

誰といるときに疲労が強くなるのか。どのような頼まれごとを断れないのか。仕事から離れている時間にも、何を考え続けているのか。

そうした場面を振り返ると、自分がどれほど多くの役割を担い、どれほど自分の感覚を後回しにしてきたかが見えてくる場合があります。

身体の状態を確かめることも、一つの方法です。

椅子に座っているとき、肩や胸にどの程度の緊張があるのかを見てみる。温かい飲み物をゆっくり味わい、少し落ち着いた感覚があるか確かめる。窓辺で外の光を眺めたり、足裏が床に触れている感覚へ注意を向けたりすることもできます。

ただし、感覚に意識を向けることが負担になる場合には、無理に続ける必要はありません。

また、仕事や家庭の負担が大きい場合には、生活の中で具体的に減らせることを考えます。

例えば、次のような調整です。

  • 帰宅後の一定時間は、仕事の連絡から離れる。
  • 家族の用事を一人で引き受けず、分担できるものを探す。
  • 頼まれごとに即答せず、自分の予定を確認してから返事をする。
  • 休日の予定に、自分で選んだ活動や休息の時間を入れる。

こうした調整が難しい場合には、職場や家族との関係そのものを見直す必要があるかもしれません。

心身の反応が強いときには、身体はトラウマを記憶する|脳・心・体のつながりも参考になります。

「自分のために選ぶ」経験を少しずつ増やしていく

機能的凍結と呼ばれる状態からの回復では、感情を強く感じることだけを目標にするより、自分の意思で選べる行動を増やすことが重要になります。

仕事を引き受ける前に、今の自分に余裕があるか考える。休日に何をするか決めるとき、周囲の希望だけでなく、自分が何をしたいかを確かめる。

人から誘われたときには、会いたい気持ちがあるのか、それとも断りづらいだけなのかを考えてみる。

最初は、自分の希望がすぐに分からないこともあるでしょう。

それでも、少し立ち止まって考える経験を重ねることで、これまで自動的に引き受けていた役割との距離が変わっていく場合があります。

日常生活をこなせることは、その人の大切な力です。仕事や家族を支え、人間関係を維持してきた経験にも意味があります。

これからは、その力を周囲のためだけでなく、自分が望む生活のためにも使っていくことが大切になります。

凍りついた心と身体が動き出すとき|複雑性トラウマとフリーズからの回復では、強い緊張や凍結を経験してきた人の回復について、身体と感情の両面から扱っています。

生活の中で求められる役割を果たしながら、自分が何を感じ、何を望んでいるのかを確かめられるようになる。

その変化によって、これまでただ過ぎていくだけだった日々に、自分自身の時間が少しずつ戻ってきます。

参考文献

  1. Hochschild, A. R. (2012). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling (3rd ed.). University of California Press. https://doi.org/10.1525/9780520951853
  2. Grandey, A. A. (2000). Emotion regulation in the workplace: A new way to conceptualize emotional labor. Journal of Occupational Health Psychology, 5(1), 95–110. https://doi.org/10.1037/1076-8998.5.1.95
  3. Mauss, I. B., Bunge, S. A., & Gross, J. J. (2007). Automatic emotion regulation. Social and Personality Psychology Compass, 1(1), 146–167. https://doi.org/10.1111/j.1751-9004.2007.00005.x
  4. Sonnentag, S., & Fritz, C. (2007). The Recovery Experience Questionnaire: Development and validation of a measure for assessing recuperation and unwinding from work. Journal of Occupational Health Psychology, 12(3), 204–221. https://doi.org/10.1037/1076-8998.12.3.204

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井上 陽平

井上陽平(公認心理師・臨床心理学修士)。
トラウマ・解離・PTSD・愛着障害を専門とする心理カウンセラー。
児童養護施設、情緒障害児施設、精神科クリニックでの臨床経験を積み、
心身反応(フリーズ・過覚醒・離人感)への介入や、
複雑性トラウマ、対人関係、境界線の問題に重点的に取り組む。

研究テーマは「複雑性トラウマの身体反応」「解離と自己構造」「愛着スタイル」「虐待と対人関係のパターン」。現在は「こころのえ相談室」にてトラウマ専門のカウンセリングを提供。書籍の企画・執筆に関するご依頼も承っております。

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